富野由悠季の世界

富野由悠季の世界

EXHIBITION

第1部
宇宙へあこがれて

1富野由悠季を形作ったもの

父親が戦時中に制作に関わった「与圧服」の写真を見ていた富野少年にとり、宇宙は常に身近にあり、その分あこがれも強かった。宇宙科学へ深い関心を示してロケットや宇宙旅行の知識を深め、米国のSF映画に刺激されて「映画」にも関心を寄せていく。だがその視線は常にリアルな映像を求める。
虫プロダクションに入社し、アニメの世界を知る。虫プロで制作中だった『鉄腕アトム』で多くのエピソードを演出した。しかしやがて虫プロを退職し、一旦はCM制作に関わる。だが「やはり自分にはアニメしかない」と思い直す。再びアニメ制作の現場に戻る。『あしたのジョー』や『アルプスの少女ハイジ』など、実に様々なアニメ作品の演出と絵コンテ担当を数多く行い「コンテ千本切りの富野」と呼ばれた。

2それでも
生きていかねばならない初期作品にみる富野由悠季のドラマ展開

1972年のTVアニメ『海のトリトン』は、富野にとり初の総監督作品となった。手塚治虫の漫画『青いトリトン』を原作としているが、ストーリー、キャラクター設定はまったくのオリジナル。トリトン族の生き残りである少年トリトンが、自らの民族を滅ぼした仇敵ポセイドン族と戦う、というストーリー。一見勧善懲悪の冒険物に見える作品だが、その善悪が逆転する衝撃の最終回は、アニメ史上の事件だった。真実を知った少年が、それでも生きていかねばならない、という思いを抱いて無言のまま去っていくラストは深い余韻を残す。こうした善悪の相対化は、富野の作品基調の1つとなり、設立間もないサンライズが初めて世に送り出したTVアニメ『無敵超人ザンボット3』(1977年)においても効果的に取り入れられた。富野は、ロボットの活躍するアニメ(ロボットアニメ)の概念を大きく変えたのである。これら初期作品のドラマの多くは、少年がドラマの終了後も「生きていかねばならない」という時空の広がりを感じさせる。と同時に、「成長する」ことを理念のみで語らず、時に子どもにとり残酷なドラマを用意する。これは富野の少年期からのリアリズム志向の延長といえる。

海のトリトン /
勇者ライディーン /
無敵超人ザンボット3