富野由悠季の世界

富野由悠季の世界

週刊トミノ展

WWT021

富野ワールドの「母さん」たち

 トミノ展福岡会場の初日に開催された富野監督と学芸員との座談会で印象に残っているのが、「Gのレコンギスタ」の主人公の母(育ての親)ウィルミット(写真1)に対する「こういうタイプのキャラクターは初めてかもしれない」というコメントです。

 富野作品では、戦争に巻込まれた我が子を受け入れられない母(「機動戦士ガンダム」アムロの母、「聖戦士ダンバイン」ショウの母)や、「自分より仕事が大事」という疎外感を子どもに与える母(「機動戦士Zガンダム」カミーユの母、「ブレンパワード」ジョナサンの母)など、主人公を苦しめる無理解な母親像が繰り返し描かれました。対照的に、「機動戦士ガンダム」で迷える少女だったミライは「機動戦士Zガンダム」、で完璧な良妻賢母になっていて、不良中年の私などは「これはニュータイプでないと到達できない域では?」と眩しく見てしまいます。

 やや異なるのが「機動戦士ガンダムF91」のシーブックの母、モニカ(写真2)です。序盤では家族を顧みず仕事に没頭し、軍事技術者でありながら自分の息子の出征を嫌がる自己中心的な面が強調されますが、やがて子どもたちの信頼を取り戻し、最後にはシーブックが思いを寄せる少女セシリーを救出する手助けをするという変化が見られます。

 「富野由悠季の世界」展ではこの「F91」と「機動戦士Vガンダム」、「ブレンパワード」を紹介する第5部第2章のタイトルを「家族と戦争」としています。「F91」で家族の調和が描かれたかと思いきや、「Vガンダム」「ブレンパワード」では再び母性が暴走し、少年少女は疑似家族の中に居場所を求めます。富野監督は著書『ガンダムの家族論』(2011年)の中で、自らが描いた血縁によらない疑似家族に対する違和感の表明もしています。調和的な家族など幻想でしかないという事実を、いかにアニメで表現するかという模索が続いていたようです。

 さて、そこで「Gのレコンギスタ」です。ベルリの母はクラウンの運行長官という高い地位にあるキャリア女性ですが、息子を思うあまり時に突飛な行動に出ます。これを「愚かな母の身勝手」と見ることもできますが否定的には描かれておらず、「G-レコ」が発する「多様性の容認」という主題に沿えば、「仕事より大事なものもある」というメッセージと解釈できます。「G-レコ」の登場人物たちは年齢や性別、肌の色も多様で、被差別階層の人々や心を病んだ少女、義肢を用いる人々も描かれます。実の子ではないベルリに全肯定はされないものの「プライドにはなるから、いい母さんだよ」(第22話)と言わしめるウィルミットは、母子関係においても多様性を示そうとした富野監督が生んだ、人間くささを伴う新しい女性像といえるでしょう。
(島根県立石見美術館 川西由里)